柳ヶ瀬舞の日記

日記などの備忘録

まどろみの精神科③入院5日目「センス・オブ・すこしふしぎ」

大学付属病院の精神科解放病棟に入院して5日目を迎えた。

ひとことでここの生活を表すのならば、「快適」だ。
食事も3回毎回美味しいし、お風呂は毎日入れるし、 健康管理はしてくれるし上げ膳据え膳。一番の不都合といえばWi -Fiの契約をしてこなかったので、 サブスクリプションの映画が観られないことだろうか……。 しかし昨日ポケットWi₋Fiの契約をしたので、仕事用のPCで 映画を見ることができる。わーい!
あとは強いて言うなら、退屈だ。650ページ以上もある平野啓一 郎さんの『三島由紀夫論』は3日で読み終わってしまったし、 自分で能動的にすることが食事とお手洗い以外ほとんどない。 私もなにかしたい、 という気持ちがあるのだなあとすこし感動している。

 

病棟でのスケジュールは以下の通り。

6:00 起床
病棟の朝は早い。だいたいこの時間に起床している。 顔を洗ったり、同室のYちゃんに挨拶したり(Yちゃんは20代の 女性。きちんとした女の子。あまり話らしい話はしたことがない) 。
7:30 朝食
起床から朝食までの時間がけっこう長い。 なのでコンビニエンスストアで買ったチョコレートなどを齧ること もある。朝食後はスタッフステーション前で服薬をする。 飲み下したことを確認される。7:30から8時までは外来がある 1階に降りることができる。 スターバックスコーヒーもコンビニエンスストア(ファミリーマー ト。売り上げは県内1位らしい)もある。そのほかに簡易郵便局、 と書店が2つあったりする。 朝はコーヒーを買いに行くことが多い。

9:00 朝の回診
回診のときは主治医K先生と担当医3名と研修医など連なってくる ので、さすが大学付属病院! と思うことが多い。朝の回診では昨日どう過ごしたか、 体調はどうかなど事細かに聞かれる。だいたい5分くらい。

10:00 レクリエーション

平日はほとんど午前中にレクリエーション活動をする。 コラージュ、音楽、習字、絵画などがある。 希望者のみ参加だけれどもあまりにもヒマなので、 習字に参加したことがある。あとは「ミーティング」 といって自分の話したいことを話すレクリエーションがある。 さまざまな気持ちをわかちあったりすることが目的らしい。
12:00 昼食
13:00 検温
14:00~16:00 外出可能時間
この時間帯は1時間で戻ってこないと、 スタッフ全員が総出で探索しますと言われ、なるべく30分以内に 戻ってくるようにしている。外出と言っても、 コンビニエンスストアスターバックスコーヒーか書店だけなので ほとんどが30分以内で収まってしまう。
18:00 夕食
夕食前にスタッフさんが入れ替わるので、 その夜の担当看護師さんはいつもベッドまで

挨拶に来てくれる。
20:30 夜回診
夜回診は異常がないかだけを伝える簡単なもの。 夜勤の先生が各病室まで挨拶に来る。

22:00 消灯
だいたい病棟のみんなは21時くらいに眠っている。 スマートフォン利用もこの時間までなので、 自主的におやすみモードにしている。

 

大部屋にはベッドの外にベッドサイドライトとキャビネットがある 。そして部屋の入り口にロッカーがあり、 浴室用の石鹸などはそこに閉まっている。個室にはTV、 ソファがある。
デイルームという集会部屋がある。
コロナ前はデイルームで食事をしていたようだ(今は病室で孤食) 。TVとCDプレイヤー、オルガンなどもある。 レクリエーションはここで行われる。スタッフルームの前にある。 昼間ベッドで寝てしまいそうになるときは、 ここで読書をしている。
お風呂は男女隔日で午前と午後に分かれる。病棟内に小さな浴室が 2つあり(もちろんバリアフリーのお風呂もある)、 好きな方を選べる。

私もやることがなく、だいたい21時くらいには眠ってしまう。

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さきほど1階に降りてコンビニエンスストアで麦茶1ℓとコーヒー を買いに行った。休日の病院は異世界感があり、 すこしふしぎな感覚になった。

まどろみの精神科②入院初日「綾波レイの部屋」

外来などがあるフロアで入院手続きなどをして10時少し過ぎに病 棟のスタッフステーションで看護師さんにご挨拶。

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精神科の解放病棟にお世話になるのですが、 人権問題などあるらしく任意入院の誓約書にサインした。K先生か らの口頭で注意事項を聞かされる。治療の方針や面会時間、 病棟での生活での注意事項など。 詳しくは看護師さんがしてくれた。 病棟のことなどは看護師さんの方が詳しかった。
キリっとした看護師さんの荷物検査を受ける。
電子機器は利用を制限されている方もいるらしく(スタッフステー ションの前でしかスマートフォンを使えないひともいるみたいだっ た)、PCの持ち込みはどうかなあと思いつつ「 先生が許可してくれているならいいですよ」と看護師さん談。 ちなみに入院5日目にして毛糸と編み棒をゲットしました(もちろ ん先生の許可はもらっています)。
爪切りや目薬も危ないらしく、 目薬はスタッフステーション前でのみ使用できるみたい。 あとは雑菌の元ということでミッフィーちゃんのダルマ型人形の福 氏とはここでお別れ。心の友を雑菌呼ばわりとは失礼な……。 キリっとした看護師さんに泣きつきタクミくんシリーズの祠堂テデ ィベアは見逃してもらった。

「今日から禁煙なんですよぅ」 と素直に喫煙習慣があることを看護師さんに伝えると、
「入院中、敷地内で煙草を吸ったら強制退院です」
「え?」
「強制退院です(有言の圧力)」
 禁煙のつらさに耐えきれず退院してしまう方もいるのだとか。 しかし強制退院ってすごい重い罪だなあといまでも思う。

 付き添いで来てくれた母がK先生に連れていかれたので、 個室でお昼ごはんを食べた(母はK先生に生育環境や病気のときの 話をしたらしい)。メインはハッシュドビーフ。 温かくて美味しくて病院食の進化に感動した(10代のころ経験し た病院食と全く違っていた)。
時節も時節なので、PCR検査を受けて陰性とわかり次第、 大部屋に移る。
大部屋は4人での利用だけれども、20代のYちゃんだけが入室中 で、窓際のベッドを使うことができたので、大荷物をエイドさん( 看護助手さんのことを大学付属病院ではエイドさんと言う)が運ん でくれた。ここで付き添いの母とはお別れ。
窓際のベッドを占領できたのはいいけれど、体感温度が3度以上あ がり長袖のパジャマでは過ごしにくい。 キャビネットに着替えや本などを積む。
既視感あるなあと病室を見渡すと、 なんだ綾波レイの部屋ではないか……と思ってしまった。 たしか病室をイメージして作られたのが綾波レイの部屋らしい。 さすがにビーカーでは薬は飲まないし、数冊の本もあるのですが、 綾波感が拭えなくて困惑した。Twitterで募集、 病室が可愛くなる方法とポストしたくなった。
入院して初めてした検査が心電図を撮ること。 エイドさんが案内してくれるので、広い院内も迷わず動ける。 その後は胸部のレントゲンも撮った。夕食まで吉屋信子さんの『 紅雀』を読む。

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お夕食が来る。 和食と洋食どちらかが選べるようになっているらしいはが、 私は和食を選択。メインはお魚が多い。 カリフラワーが苦手だったのですが、 酢みそ和えのカリフラワーを久しぶりに食べたら美味! その美味しさにびっくり。栄養管理師さんに感謝の日々です。

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紅雀』を読了後、日記をつけたりログを書いたりして21時30 分に就寝。

 

10月24日の日記にも「とにかくごはんが美味しい」「 入院してよかった」などの文字が躍っている。
現在10月27日。入院して4日目にこれを書いている。 ごはんは美味しいし、 入院してよかったという気持ちはいまも変わっていない。

まどろみの精神科①入院前夜

23年6月に20年通院していた心療内科に嫌気がさし、大学付属病院の精神科に通い始めました。

「とりあえず減薬ね」と主治医のK先生に言われ、自分が薬を飲み過ぎていたこと。
長らく自分が統合失調症だと思っていたのですがK先生の所感では「双極性障害だね」といろいろな発見がありました。


8月半ばごろから起きているのもつらい……という日が続いて(朝起きても眠くてベッドに戻る。そのまま夕方まで寝てしまう)という日が続いて仕事ができない日々。
K先生助けて~と泣きつくと「それだったら入院だねえ」と言われ入院を決意。

①いま飲んでいる薬から鎮静効果のない向精神薬に切り替え
②乱れた自律神経を整える

ことを目的に1ヶ月の入院をします。

入院は初めてではないのですが、1ヶ月に渡る長期入院ははじめてなので役所に行って手続きしたり入院生活の準備でばたばたしつつ娑婆おさめということで友だちと飲みに行ったり遊んだり食事したり。いよいよ明後日に入院が始まります。

 

とりあえず持ち物がスーツケース1個とボストンバッグ1個になりました。ボストンバッグには衣類が入っています。

スーツケース1個とボストンバッグ1個

うちわけ

・診察券と保険書とお薬手帳と書類一式(限度額適用認定書は役所でもらえます。マイナンバーカードでもOK)
スマホ(充電器も忘れず)
・ノートPC(アダプタごと)
・本(平野啓一郎さんの『三島由紀夫論』、ル・グィンのエッセイ『私と言葉たち』、チョヨプ『地球の果ての温室で』、伊藤隆之さんの小説『ザイオン・イン・ジ・オクトモーフ』、小川公代さんの『世界文学をケアで読み解く』、『ナボコフの文学講座』、バチガルビ『第6ポンプ』、中井英夫さんの全集『⑧彼方より』『⑨月蝕領崩壊』)
・日記(ペンケースとともに)
・イヤフォン二種(iPhone用とTV用)
USBメモリ(コンビニで印刷する時用)
このあたりは仕事などの。仕事しないけど。

・マグカップ
ティッシュ一箱
・マスク30日分
・ふりかけ(のりたまと大人のふりかけミニ)
・肌着4日分(ブラトップとショーツ)
・靴下4日分
・カーディガン
家族がお見舞いにきてくれる&パジャマは病院で借りる(550円)ので、必需品は最低限になりました。

・シャンプー&トリートメント&ボディーソープ(洗面器も一緒に)
・基礎化粧品(洗顔量、化粧水×2、乳液×2、美容液)
・ヘアオイル
・リッププランパー(リップクリーム代わりに)
・ハンドクリーム
・髪留め(前髪&全体)
・アロマオイル(身体につけていいもの)
・爪切り
・耳かき
・かっさ(マッサージ用に)
・ワセリン
・ハンドクリーム
・目薬
・綿棒
お気にいりの香水を持っていこうとおもったのですが、匂いものはダメと看護師の友だちにいわれたのでアロマオイルを持って行きます。

精神科入院ということなので、爪切りはNGかなあと思いつつ一応入れておく。
なにもかもだめではないかという心配に襲われる。ペンとか綿棒とか耳かきとか……。

上記がつまったスーツケース

 

ということで小さめなスーツケースが満ぱんに。
あと心の友が欲しいので福氏と推しのタクミくんシリーズテディベアを持って行きます。

タクミくんシリーズテディベアとダルマのミッフィー・福氏


開放病棟だとは思うのですが、細かい話は聞いていないのでとりあえず必要なものをかき集めました。

願うこと。
①食事が美味しくありますように
②禁煙が続きますように
③すこしは書きものができますように
④③ができなかったら本がいっぱい読めますように

準備はできたので10月24日に行ってきます~! 私よ、グッドラック!!

20230623【ネタバレ注意※補完用】横井健司監督トークショー #タクミくんシリーズ #長い長い物語の始まりの朝。

23年6月23日渋谷シアター・イメージフォーラムにて、タクミくんシリーズ『長い長い物語の始まりの朝。』の横井健司監督のトークショーが行われました。

※ノートにとったメモを元にトークショーの模様をシェアしたいと思います。抜け落ちてしまったり、言葉遣いや細かい言い回しは違うと思いますが、どんなことを話されたかを知りたい方向けです※

 

上映後、司会の方(お名前は名乗られなかったですが、映像のお仕事をされていてタクミくんシリーズと関わりのある方)が横井監督をお呼びになって劇場は拍手に包まれました。

横井監督はすこし緊張した面持ちで「誰も来てくれないと思っていました。(観客で埋まった席を見て)、感無量です」とおっしゃりました。

 

司会の方「前回のシリーズから10年経ちましたが新シリーズをどう思われますか?」

横井監督「来たか! と思いました。5年前ならいまはちょっと……と思いました。10年のなかでいい感じにストックができて、前シリーズとは違ったチャレンジができたと思います」

 

司会の方「新シリーズはどいうイメージで撮られましたか?」

横井監督「前シリーズは『そして春風にささやいて』を撮っていなかった、『虹色の硝子』から監督したので物足りなさみたいなものを感じていました。前シリーズは『春風』の要素を要所要所、撮っていたのですが……。今回は最初からやろう! とそれができたので感無量ですね」

司会の方「朗読劇などもありましたよね?」

横井監督「それも結局パーツに過ぎなくて。最初から撮れるというのはやりがいがありましたね」

司会の方「カレー事件の……」

横井監督「ああ、あれですね。『春風』の劇場版はタクミにカレーを投げつけるCGがあったのですが、それだけはやめてほしいとお願いしました。カレーを投げつけられたギイの姿って絵的にかっこよくないじゃないですか」

 

司会の方「撮影で大変なシーンなどありましたか?」

横井監督「撮影自体ハードでしたね。ギイとタクミと赤池と高林、吉沢のシーンなんて夜10時に始めて終わったのが夜中の2,3時で。前シリーズから使っているゴルフ場で撮ったのですが、寒くて。俳優のみなさんもテストでもうまくセリフが言えなくなっていました。でもそれができあがった絵に全然出てなくてよかったですね」

 

司会の方「横井監督のお気に入りのシーンはどこですか?」

横井監督「タクミとギイから始まる階段のシーンですね。20回くらい加藤大悟くんは振り返りました。最初のシーンの振り返りと、タクミの回想の振り返りは実は違うテイクを使っているんですよ」

横井監督「あとお気に入りは塩化ナトリウムのところです。塩化ナトリウムの結晶ってできるまで時間がかかるんですよ。でも結晶のかたちが認識できるように撮れてよかったなあと思いました。最初あのシーンはスノーボールを使おうと脚本にかいてあったのですが、ごとうしのぶ先生が塩化ナトリウムがいいんじゃないか、とおっしゃられましたね」

司会の方「今回は脚本段階からごとう先生にアドヴァイスをもらいましたね」

横井監督「結果的に塩化ナトリウムの結晶でよかったと思いますね」

横井監督「あとは花びらえお拾うシーンがお気に入りです。撮影最終日で森下紫温くん、加藤くんの気持ちができてきた。前日森下くん電車で帰れなかったんですよ。でもちょっと眠たそうな感じが、顔を上げる瞬間が自然でした。2テイク撮りましたが、1テイク目を使いました。ギイがずっとタクミを見守ってきたんだなっていう目ですね。森下くんも加藤くんも努力してくれたと思います」

 

司会の方「森下くんはオーディションでタクミ役に選ばれたんですよね」

横井監督「加藤くんが森下くんが選ばれると嬉しいなと言っていました。森下くんは雰囲気が柔らかい感じですよね。でも意外と男っぽいところがちらちらと見える。その男っぽさがタクミの芯の強さに繋がってくる。浜尾京介くんのときもそうだったのですが、森下くんを撮っていて伸びしろがあるなあと思いました。次もみてみたい。もっとやれる感じがあります」

司会の方「加藤くんに会ったときの印象は?」

横井監督「めっちゃ脳天気なやっちゃなあ、と。あと返しがとても早いしうまい。加藤くんがいるとその場のテンションが上がりますね。加藤くんなら引っ張ってくれると思いました。加藤くんと森下くん互いに相乗効果がありました

 

司会の方「前シリーズの『あの、晴れた青空』から10年以上経っていますが、いま振り返るとどう思われますか」

横井監督「僕は「シリーズ潰しの男」なんで、『虹色の硝子』から4作もシリーズが続くなんて奇跡です。本当にシリーズ潰しなんで「タクミくんシリーズ」は本当にファンの方に支えられていると思います。『虹色の硝子』が最初に撮ったBL作品なんですが、基本恋愛ものベースなんですよね。一貫して「相手ときちんと向き合って欲しい」と伝えてきました」

 

――ここから質問コーナ――

質問者①さん「2作目の構想と影響を受けた映画監督、作品などありましたら教えてください」

横井監督「2作目の構想はまだないですね。でもごとう先生の「タクミくんシリーズ」完全版が時系列順に沿って発売されたので、それでずっと続けていきたいし、続けるつもりです」

横井監督「影響というか好きな映画監督は大森一樹さんですね。『ヒポクラテスたち』を撮った。あと草野翔吾監督は注目しています」

 

質問者②さん「加藤くんの『0%』について質問です。CD音源とエンディングで流れる音源はバージョンが違いますがどんな意図があったのでしょうか。また曲をあそこで切った理由などありましたら教えてください」

横井監督「(メモが判読不能でした。すみません。)

まず尺の問題もあります。エンドクレジットは短いので。サビ前で切って次の作品に繋げたいなと思ってあそこで切りました」

 

質問者③さん「横井監督のベストテイクはどこですか?」

横井監督「加藤くん森下くんが別々に無言でなにかをしているシーンが印象に残っています。冒頭の階段のシーンと塩化ナトリウムを見つめるシーンと花びらのシーンが特に印象残っていますね。無言のリアクションは気持ちが乗ってないと、そうは見えないので」

 

(メモ判読不能)

 

横井監督談「(最後のキスシーンは寸止めではなく、本当にキスをしています。寸止めって撮るのが難しいので加藤くんと森下くんにはキスしてもらいました。キス寸前で映像を切ったのは「次も観たい」という気持ちにさせるためです)」

 

司会の方「最後にタクミくんシリーズ観るひとに向けてひと言お願いします」

横井監督「シリーズとして繋げていけたことに感無量ですね。冗談抜きに奇跡です。10年を超えて繋げられたことが本当に奇跡です。原作とは違うものを撮っていけたらと思います。『タクミくんシリーズ』は僕にとって半分くらいのLIFEです。自分のなかでこのLIFEがなくならないようにシリーズを続けていきたいと思います。今日は本当にありがとうございました」

 

横井監督が深々と頭を下げました。そして会場は司会の方が退席されるまで拍手が続きました。

 

あなたは美しかった

いままでの人生で嫉妬という感情を抱かずにすんできた。
たった一度を除いて。
それは幸運なことだと思った。

 

幼いころから「異常」とか「おかしい」とかレッテルを貼られてきたので、他人と比べられること自体あまりなかった。
母は「誰かを妬んだり僻んだりしてはいけません」と言われ、兄は「他人と比べてどうするの。そんなこと考えているヒマがあるなら本でも読めば」という家庭環境で育ったことは幸運だと思う。

 

私はたった一度、嫉妬という美しいひとに身を任せたくなった。
SNSをさまよっていた。初恋のひとのパートナーが本棚を一部公開していた。
私も全部持っている作家の本がずらり。そのとき嫉妬は美しい顔をしていた。

なぜ私が選ばれず、あなたが選ばれたのか。
私が愛されず、あなたが愛されているのか。

そんなことを考えて、嫉妬という感情にのまれたら楽になるだろうと思った。
でも、欲しかったものは、答えは嫉妬ではなかった。

私は急いでブラウザを閉じて、何事もなかったように過ごそうと思った。

嫉妬、あなたは美しかった。
だからもう二度と見たくない。あなたの本性は醜いものと私は知っているから。

記憶

山田詠美さんの『私のことだま漂流記』(講談社)書影

私の記憶では、エイミーは確か二回ほど書いている。
小学生当時のいじめっ子のフルネームを空港で聞き、その場に駆けつけようとしたことを。エッセイと昨年11月に刊行された『私のことだま漂流記』に書いていたと記憶している。

忘却は神さまが与えたもうた人間の技術(クラフト)である、ということを私は全力で否定したい。私は忘れないことこそ技巧であるとおもっている。

 

私のいじめは大人のそれと大差がなかった。上履きを隠されたりしたが、「おばさん」と呼ばれるようになってから「まだこんなことをするのか」と驚くことが多い。

私は中学時代、部活での怪我で2回ほど入院・手術をしていて「特別扱い」をされていた。「特別扱い」は欠席の考慮や体育の授業の免除などで、もう一方の「特別扱い」は陰湿にいじめの対象になっていい、という教師たちの私に対するいじめの黙認だった。

 

AさんとTさんのことはよく覚えている。中学3年生のときのことだった。
AさんとTさんは私より勉強が良くできる子で、埼玉でいちばん有名で東大進学率の高い女子校を受ける予定だった。AさんとTさんは私と仲良くしている「ふり」をしようとしていた。内申点を稼ぐためだ。いじめられっ子に手を差し伸べる慈しみの心を持つ生徒として評価されたかったらしい。
怒髪衝天とはこのことかな、私はキレた思い出がある。AさんとTさんはいじめの主犯であった。大人になった今思うと、AさんもTさんも大人から見たら下心はスケスケだろうに……とこっちが羞恥心を抱いてしまう。

その後、AさんとTさんには家庭科の課題を欠席という「特別扱い」カードを切って、またいじめの渦中に戻ることになったが、内申点ごときで私を利用しようなんぞ、いじめにあった方がマシと思っていたのをよく覚えている。

私もAさんとTさんの名前をフルネームで漢字を覚えている。
Tさんは面接での対応で乙武洋匡さんの『五体不満足』を感銘を受けた本として挙げていたことも覚えている。スケスケで恥ずかしくないのか……という記憶がある。

その後の彼女たちの話は興味もない。結婚していようと猿が猿を産んでいても不思議はない(猿に失礼ですね。ごめんなさい)。

私は人間はすこし野蛮なくらいがちょうどいいと思っている。でも超えてはいけない一線が、自分のために他人様を利用することが悪いことだと知っている。

大人になったらもう少し洗練された人間たちに出会えるかと思ったけれど、多くの人間は中学時代のAさんとTさんと性根が変わらない。