白鳥の歌なんて聞かないよ

精神科の開放病棟から退院したばかりなのに、なーんかいやだなあ、むしろ殺! みたいなすさんだ気持ちで、ぼんやりとXをスワイプしていたんですよ。そしたら訃報のポストが目に入って、誰か死んじゃったのか、かなしい……と思って名前を確認したわけ。永田希と書いてあって、ナガタさんが亡くなったのかあ、考えるひまもなくXのおすすめは更新されてしまったの。永田希……永田……。え、あののぞみん?? て気づいてXののぞみんのプロフィールページに飛んだら、のぞみんのTLに不穏なポストがあったの。だから飛んで読んだの。読むしかないじゃん。だってあののぞみんが死ぬわけないじゃん。のぞみんは1979年生まれで私は1983年生まれ。対して年齢変わらんよねー。でものぞみんのほうがお兄ちゃんだよねーと話していた記憶がある(私はご存知の通りケーチョーフハクな人間なの)。私ものぞみんもぴちぴち(死語)の40代。これからがんばろ! みたいな感じだった。え、死ぬわけないよね? だって私たちはこれからだもん。
どっちかって言うと、私は永田希を知らない。もう正直に言っちゃうと書評家の永田希はまったく知らない。本は買ってサインをもらって本棚に差したまんまだった。葉巻を吸う会で「のぞみんの本にイーガンでてくるよね? イーガンの『万物理論』だいすき」ってのぞみんに言うと「ならさっさと読んでよ」ってせっつかれた。私は得意の困り顔を浮かべてその場をしのいだんだ。のぞみんは怒るどころか、そのときも笑っていたよね。
永田希をのぞみんと呼ぶのはそれなりの理由があって、のぞみんもすんなり(ではなかったかもしれないけれど)受け入れてくれていた。Clubhouseというオンライン上で会話ができるアプリがあってコロナ禍にたいそう大流行してすぐすたれた。モードというのはいつも残酷ですね。閑話休題。そこでブッキッシュクラブという本にまつわる部屋があって私はよくそこに入り浸っていて、のぞみんもよくそこよにいた。だから私は永田希をのぞみんと名づけたの。のぞみんの命名は柳ヶ瀬舞。これはよく覚えておいてほしい。
のぞみんと話した内容は正直あんまり覚えていない。いっつもよく話していたからさー、改めて「文学」の話をするって気恥ずかしいじゃん。文学っていうのはみんなの心のなかにあるんだよ! じゃなくて。すっごく素朴にブンガクの話をしてたから「格調高い文学」なんて話すのってなんか違うよね~みたいな感じだった。そんな感じにいつも小説や本の話ばかりしてたの。私ってけっこう負けず嫌いで他人が読んでいるのに、自分が読んでいない本を熱く語られるとすっごく悔しい。だからのぞみんが『失われた時を求めて』の話をしだしたときは「あー……」って思っちゃった。のぞみんってすごいなあと思った。だって私はマドレーヌが出てくるところで挫折しちゃったもん。とほほ。のぞみんの熱量みたいなの、すごかった。圧倒ってこういうことを言うんだなって。
のぞみんと会ったのは2021年の秋の文学フリマ東京と2022年都内某所で開かれた葉巻を吸う会だけ。21年の秋には『書物と貨幣の五千年史』が出版されてたから文フリでここぞとばかりにのぞみんにサインを求めたWithマッキーの黒ペン。のぞみんはそのときすっごく恥ずかしがったけど、せっかく本を持ってきたんだからサインしてよーとねだった。さらさらとサインするんだから絶対普段サインし慣れてるよね……ういやつめ、と思った。
22年の春ごろかな、共通の友人のいけぴょんが開くオフ会みたいなものがあってワイワイ騒ぎながら葉巻を吸う会を開いた(私はケーチョーフハクであるけれど同時にパリピでもある)。10人くらいで部屋はいっぱいで会場でのぞみんと話す機会はなかった。けれど帰路が似ているから一緒に帰ろうという話になった。いけぴょんはまだいいじゃんと言ったけれど、当時の恋人が車で迎えに来てくれたのでのぞみんも同乗したね。そのときすごおく私的な話をしたのをよく覚えている。だからここでは内緒。ただ車で一緒に帰ることが気づまりだったみたい。何度も私と私の恋人に謝ったの。そんなこと気にしないで、家の近くまでお送りしますよって(当時の私の)恋人が言ったけど几帳面に辞退してセブンで車から降りたのよ。
22年の夏くらいから本格的に私の頭の調子が悪くなり、友人と距離を置いたり置かれたりするようになったのよ。のぞみんとも距離を置いた。やっぱり恥ずかしいじゃん。心配されるって照れるじゃん。でもXでは繋がっていたから、仕事頑張ってんじゃーんと思いながらぼんやり過ごしていた。
ぼんやりしているうちにのぞみんはいなくなってしまった。共通の友人であるいけぴょんと昨日通話したよ。ひとが亡くなるとき白鳥の歌が聞こえるっていけぴょんは言っていた。でものぞみん、私はあなたの白鳥の歌なんて聞かないよ。私が物わかりのいい大人じゃないの、のぞみんも知っていると思う。だからもうすこし駄々をこねさせてね。